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2007年11月14日

世界の登山方法

きっと、小さなところで習慣が変わってくるんだと思います。

登山とヨーロッパ
13世紀になるまでヨーロッパでは、登山は記録されていないが、これは単に文盲率が高く記録を残さなかったためなのか、それとも登山自体が行われなかったのかは議論の余地を残す。1336年4月26日にイタリアの詩人、ペトラルカが弟ジェラルドを連れてフランスのアビニョン近郊ヴァントゥ山の登山に挑み、その頂上まで登った。その後ペトラルカは、このときの旅程を友人に手紙に書き留めて送っている。このことから、ペトラルカは登山の父と呼ばれ、この日を登山の生まれた日としている。これは、文化史家のヤコブ・ブルクハルトの『イタリア・ルネサンスの文化』の中で紹介されている。旅の途中での必然的な山越えではなく、山に登ること自体を目的として試みられた近代最初の出来事である。

ルネッサンスの始まりと共に趣味やスポーツとしての登山が行われるようになった。また、測量目的の登山も行われるようになり、フランス王シャルル8世が1492年にAiguille山の登頂を命じたのは、この範疇に入る。レオナルド・ダ・ヴィンチはヴァル・セシア郊外の雪山に登り、様々な実験や観察を行った。16世紀にはスイスのチューリッヒを中心に登山を賞賛する動きがあり、コンラッド・ゲスナーとジョシアス・シムラーが度々登山を行っていたことが記録されている。2人はロープとピッケルを使ったが、一般には広まらなかった。奇妙な事に17世紀のヨーロッパには登山の記録がまったく残されていない。

19世紀のスイス・アルプスは英国人登山者のメッカとなり、アルプスの主峰39座のうち、31座の初登は英国人によって達成された。

ジョージ・マロリーが「そこにそれがあるから-Because it is there.-」と答えたのはあまりに有名であるが、記者の「なぜ"未踏峰(エベレスト)"に登るのか」という質問への答えであることはあまり知られていない。北極、南極に次ぐ第3の極地エベレストは、征服すべき対象であるとも説明している。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)
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